【激動の時代】皇室の方々すら遊ばれた「パチンコ黄金時代」 改元から満100周年の“古き良き昭和”
・恩師からパチンコを教わった常陸宮
・高松宮「現金を二百円持ってきたぞ!」
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— 内外タイムス 報じ続けて、80年。 (@naigaitimes_com) May 21, 2026
<前略>
「今日もパチンコ行くんだったらチョコレートとってきてくれ」
パチンコといえば、不健全な趣味というイメージが根強くある。かくいう筆者もそのような偏見を抱いてきた者の一人である。
しかし、昭和20年代後半の「第1次パチンコ黄金時代」と呼ばれるブームは、大勢の貴顕紳士も興味を抱くほどの、まさに国民的と評すべきものであった。ほんの一例を示すと、元伯爵の酒井忠正氏が「真白い手袋をはめて」パチンコを弾いている姿を目撃されている。
興味深いことに、国内で最もパチンコと縁遠そうな皇室の方々ですらも、周囲の人々が非常に熱中していたことから、無縁ではいられなかった。上皇陛下は学習院在学中、よく景品を持ってくる千家崇彦氏(旧男爵家)にこう所望されたという。
「今日もパチンコ行くんだったらチョコレートとってきてくれ」
学習院のご学友たち――旧華族がまだ相当数を占めていた――の間でも流行していたために、陛下はその話を聞かされるうちにパチンコのどんな点が面白いかを理解されるまでになったそうだ。
皇太子という立場ではさすがに自らお遊びになる機会はなかったであろうが、その他の一般皇族については意外とエピソードが存在するので、以下に特集しよう。
修学旅行中に恩師からパチンコを教わった常陸宮
まずは上皇陛下の弟・常陸宮正仁親王殿下の逸話である。殿下の学習院時代の教師だった小高敏郎氏の追悼録に、次のような一文がある。
「学習院の高等科に勤めるやうになつて、今の常陸宮、義宮殿下も小高君の生徒になられた。奈良へ修学旅行の折とかに、パチンコ屋へお伴して手ほどきを申し上げたといふのも愉快な話である」――『小高敏郎君追悼録』(昭和42年)
教師が学校行事中にパチンコを生徒に教えるというだけでも衝撃的なのに、その生徒が時の第二皇子だというのだから、もはやあぜんとしてしまう。現代なら批判されそうだが、これも昭和という時代の大らかさを示すエピソードだといえよう。
戦後の皇族は、このようにパチンコ好きに取り囲まれていた。昭和天皇の末弟・三笠宮崇仁親王はある時、『週刊朝日』編集長などを務めた春海鎮男氏からパチンコの魅力について熱弁を振るわれた。彼の話が三笠宮にはよほど印象的だったようで、春海氏は次のように後日談を語っている。
「私の顔をみるなり『ヤア、ヤア、どうもどうも。時々、この方はつづけてやっておられますか?』と、右手の親指を立ててピクピクと動かされるのであった。私は、それがパチンコの話と了解するまでに、四、五秒の時間がかかった」――春海鎮男『淡路のいかなご』(ブロンズ社、1981年)
こんな知人がいれば、興味が沸くのは自然なことだろう。三笠宮はしばらく後、その春海氏らからの提案に応えて、パチンコ店にふらりと足を運ばれたのだった。
字数的制約からあまり詳述できないが、この逸話は辰野隆氏の『凡愚問答』でも触れられている。三笠宮は玉を「ビスケット箱と化粧石けん」に引き換えて、百合子妃へのお土産として喜んで持ち帰られたという。
高松宮「現金を二百円持ってきたぞ!」
戦後の皇族のうち最もパチンコに関心をお持ちだった方は、おそらく昭和天皇の弟君・高松宮宣仁親王である。
是非やってみたい――。三重県志摩市にある皇室御用達の『志摩観光ホテル』では、かつて娯楽室にパチンコを設置していた。高松宮はお成りの際、ふとこれに目を止められて、そう仰ったという。
「宮殿下とパチンコ、新聞記者ならずとも之は愉快なことである。すばらしいホテルの歴史(いやこれは日本の歴史ともならう)」
当時の支配人である川口四郎吉氏は、そう勢い込んで弾き方をお教えしようとしたけれども、朝まではあったはずの玉がなぜか一つもなくなっていたため、この時は不首尾に終わった。
しかし、高松宮のご希望はどうやら別の場所でかなったようだ。その舞台は、石川県金沢市にかつて存在した『白雲楼ホテル』である。
「高松の宮様が湯涌温泉の白雲楼の娯楽場でパチンコをして遊ばれた。二度目に来られた時、『今度は現金を二百円持って来たぞ』と『現金』に力を入れて言われたと、女中の話」――岸本水府『人間手帖』(清文堂書店、昭和30年)
とても楽しみになさっていた様子がうかがえる。なお、当時の二百円の価値は、キャラメル十箱を買える程度であり、けっして派手な遊興ではなかったことを付記しておく。
<後略>
昔のパチンコは今みたいにギャンブル性が強すぎず、皇室の方々も純粋に「遊び」として楽しまれるような健全な娯楽だったんだね。昭和ののどかな空気感が伝わってくる。🥲
— Everyday (@Everyday828) May 21, 2026